大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)2879号 判決 1967年6月02日
豊中市三和町二丁目一の三〇番地
原告 山田忠雄
右訴訟代理人弁護士 河本尚
大阪市東淀川区淡路本町一丁目
被告 石津米蔵
滋賀県高島郡新旭町大字針江一八五番地
被告 石津源左衛門
右訴訟代理人弁護士 河原正
右同 峰島徳太郎
右同 飛沢哲郎
右当事者間の昭和四一年(ワ)第二八七九号損害賠償請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
一、被告等は各自原告に対し金一二、五三四、五六三円およびその内金一一、六五六、〇五二円に対しては被告石津米蔵は昭和四一年六月一四日から、同石津源左衛門は同月一三日から、内金七八、五一一円に対してはそれぞれ昭和四一年八月二四日から、内金八〇〇、〇〇〇円に対してはそれぞれ本判決言渡の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を附加して支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は被告等の負担とする。
四、この判決の第一項に限り仮に執行することができる。
五、但し、原告に対し、被告石津米蔵において三、〇〇〇、〇〇〇円、同石津源左衛門において三、〇〇〇、〇〇〇円の各担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実
第一、原告訴訟代理人は「被告等はそれぞれ原告に対し金一五、七二八、七〇九円およびその内金一二、八五二、〇八〇円に対して被告石津米蔵は昭和四一年六月一四日から、同石津源左衛門は同月一三日から、内金七八、五一一円に対しては昭和四一年八月二四日から、内金二、七九八、一一八円に対しては本判決言渡の日から完済に至るまで年五分の割合の金員を附加して支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として次のように述べた。
一、被告石津米蔵は肩書地に於て建具商を経営し被告石津源左衛門は被告米蔵の被用者として被告米蔵所有の小型普通貨物自動車(大4ま二二六四号)で建具材料の木材を運搬しているものであるが、被告源左衛門は昭和四一年一月二二日午後三時二〇分ごろ前記自動車の荷台に木材を積載し後尾が車体より二、三メートル突出したまま之を運転して大阪市東淀川区淡路本町二丁目一六九番地先路上を南から北に向って進行中、三叉路に差掛かり該三叉路を東へ右折しようとした時、前記道路の左側を南から北に向けて歩行していた原告の身体に積載していた材木の後部が接触しそのため原告は右肩関節部打撲傷、右大腿部打撲後外傷性神経症、頭部外傷(硬膜下血腫)、握力低下症、慢性頭痛症の傷害を負ったものである。このようなT字型三叉路を右折するに際して被告源左衛門は徐行して前方左右に対し注意を払い、原告の存否の確認積荷の材木の後尾突出先の長さ等について深く考慮し事故防止に注意する義務があるにかかわらず、被告源左衛門はこれを怠り警笛を吹鳴せず、漫然右T字型三叉路を徐行することなく通過しようとした過失により右事故を惹起し原告に前記の如き傷害を与えたものである。したがって、被告米蔵は自賠法三条により、被告源左衛門は民法七〇九条により原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。
二、原告は右事故により次の如き金一五、七二八、七〇九円の損害を蒙った。
(一) 財産的損害
(1) 原告は前記事故により傷害を受け、治療のため入院費用一一、二七四円、入院雑費一〇、四二二円、附添費並附添食事費一五、五六〇円、マッサージ費二、四〇〇円、医療費八、八四八円、治療費三三、五八〇円、交通並通信費三七、五一〇円雑費八、二〇〇円合計一二七、七九四円の療養費を支払い同額の損害が生じた。
(2) 原告は本件事故発生前昭和三九年初よりクラブ・ロンドに調理士として勤務し平均一ヶ月六〇、六八〇円の収入を得ていたのであるが、前記傷害により右腕にマヒを起し将来本職の調理士としての職に就くことができないので軽作業を捜し昭和四一年一一月一日から大阪市北区曽根崎新地渡辺食品店に臨時雇として勤務し、一ヶ月平均一三、六〇〇円の給料を得ているのであるが、事故前の収入から事故後の収入を差引いた金四七、〇八〇円が原告の一ヶ月の得べかりし利益の喪失で、原告の平均余命三九・五四年のうち就労可能年数を三二年間としその間の得べかりし利益からホフマン式計算により年五分の中間利息を控除したる金一〇、七六六、七九九円が原告の得べかりし利益の本件事故時の現価でありこれと同額の損害が生じた。
(二) 慰藉料
(1) 原告は事故発生直後意識不明となり阪大病院の精密検査の結果硬膜下血腫一ヶ月入院加療を要すると診断され、同病院に入院し低体温麻酔のもとで頭皮及び頭蓋骨を切開し硬脳膜外に形成された血腫の除去の大手術を受け生死の境をさまよい奇蹟的に一命を取止め、退院後手術創痕の化膿のため阪大及び阪急病院に通院加療を受けたが根治にいたらず頭部打撲により形成された血腫のための大脳障害のため嘔吐、目まい、慢性頭痛、けいれん症の後遺症を残すにいたり、この精神的損害に対する慰藉料は金二、〇〇〇、〇〇〇円を相当とする。
(2) 原告が治療のためキリスト教病院に通院中昭和四〇年一月二九日午前一時頃、被告等は暴力団員である郭義信外二名を原告方へ派して「自分は被告の子分である。親分に世話になっている者だが交通事故の問題は自分に任せよ」とあたかも凶器を所持する如く装い大声で呶鳴り、これを制止して帰るよう懇願した姙娠九ヶ月の原告の妻を突き飛ばしたので、大声で助けを求めた同人の声に、近所の人がかけ寄って助けてくれたのであるが、そのときのショックのため妻はそれ以来寝込み勝でキリスト教病院に通院するに至った。被告等は有利に本件を解決するため右の者を使い脅迫したものでその不法行為による精神的損害に対する慰藉料は金五〇、〇〇〇円を相当とする。
(三) 弁護士費用
(1) 原告は本件訴訟を弁護士河本尚に委任し金三九、〇〇〇円を同弁護士に支払った。
(2) 原告は昭和四一年八月二三日本案請求債権の保全処分のために仮差押及び仮処分費用として金七八、五一一円を同弁護士に出金した。
(3) 本件訴訟に於て勝訴の場合原告は同弁護士に報酬として二、五八六、一一八円及び前記債権保全のための仮差押及び仮処分の報酬として二一二、〇〇〇円合計二、七九八、一一八円を支払わねばならない。
(四) なお、原告は、事故後、自賠法による保険金、金一二一、五一三円の支払を受けこれを前記(二)(1)の損害に充当したので右損害の残額は六、二八一円となりまた、被告米蔵より昭和四〇年二月二九日金一〇、〇〇〇円合計一三一、五一三円の内入弁済を受けている。
よって被告等はそれぞれ原告に対し右(一)(1)の残額六、二八一円と(一)(2)(二)(三)の合計金より(四)の被告米蔵より支払をうけた一〇、〇〇〇円を差引いた残額との合計金一五、七二八、七〇九円およびその内金一二、八五二、〇八〇円に対し被告米蔵につき本訴状送達の翌日たる昭和四一年六月一四日、被告源左衛門につき同じく同月一三日から、内金七八、五一一円に対しては右仮処分費用支出の日の翌日たる昭和四一年八月二四日から、内金二、七九八、一一八円に対しては本判決言渡の日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を附加して支払わねばならない。
三、被告らの抗弁事実は否認する。
第二、被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め答弁として次のように述べた。
(請求原因に対する認否および主張)
一、被告米蔵は事故車の運行供用者であり被告源左衛門の使用者である事実及び被告源左衛門が事故車を運転していたこと、原告が主張のような傷害を負っている事実および被告米蔵の内金支払と保険金支払の事実は認めるが、その余は否認する。特に原告が被告源衛左門運転の事故車と接触したという点は争う。被告源左衛門は運転中、何ら接触によるショックを感じておらず、原告が追いかけてきて被告源左衛門を呼びとめた際原告の身体にも何ら接触したらしい痕跡はみとめられず、その直後大川記念病院で診察をうけさせた際にも同人の身体には何の異常もみとめられなかった。
二(1) 仮に原告が事故車と接触したとしても、被告源左衛門は無過失であり原告の過失に基くものである。すなわち同被告は積載した木材の突出部分約一メートルの先端には赤布をつけて危険標示をしていたし、事故現場付近は日頃から頻繁に運転してその地理、交通状況などを知悉しており、道路の幅員が五・五メートル、商店が立並び、左右両側に駐車が多いところなので速力を極度に減速し時速約五キロメートルで徐行しながら接触による危険発生を回避すべく前方側方に注意を怠らず、又右折に際しても自動車の後部から突出せる木材が歩行者に接触しないよう後方への注意も充分尽した。
(2) 仮りに損害ありとするも原告に過失があり損害賠償額の算定につき斟酌されねばならない。
第三、≪証拠関係省略≫
理由
一、事故の態様および傷害との因果関係
被告米蔵は肩書地において石津建具店を経営し、被告源左衛門はその被用者であるが、同被告は昭和四一年一月二二日午後三時二〇分ごろ被告米蔵所有の小型普通貨物自動車(大4ま二二六四号)の後部荷台に建具材料の木材を積載して運搬し、大阪市東淀川区淡路本町一六九番地先路上を南から北に向けて進行し、T字型三叉路を東に右折した事実は当事者間に争いがない。原告は、前記自動車が右T字型三叉路を右折する際、歩行中の原告に木材を接触せしめ、よって原告に傷害を与えたと主張するのでその点について判断すると、≪証拠省略≫によれば、右自動車の後部荷台に積載していた木材は約一・五メートル突出しており、被告米蔵は右折するに際して、前方左側を歩行中の者二、三名を認めたのであるから、これを追越し右折するにあたっては後部に突出せる木材の先端が右歩行者に接触しないよう安全を確めて右折すべき注意義務があるにもかかわらず、時速約五キロメートルの速度のまま漫然右折を開始し進路右側にいた老女と子供に気を奪われ左側後方に対する注視を怠り、右不注視の過失により、同所を歩行中の原告に前記木材を接触させたものである。原告は、右接触事故直後、大阪市東淀川区淡路新町二番地大川記念病院で診察を受けた結果、約一〇日間の加療を要する右肩関節部打撲傷と診断されたが、その後頭痛、はき気をもよおし淀川キリスト教病院や吹田市民病院で診断、治療をうけたが病因判然とせず、更に大阪大学医学部附属病院で精密検察を受けた結果、最終的に左側頭部硬膜外血腫と診断され入院同年三月二七日開頭手術をうけ、その後も治療を受けたが、頭部外傷後遺症として右握力等粗大筋力低下が著しく、右手にしびれ感を残し書字に困難を覚えていることが認められる。≪証拠判断省略≫そうすると、被告米蔵は前記自動車の保有者として自賠法三条により、被告源左衛門は右過失による不法行為者本人として民法七〇九条によりそれぞれ本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
二、損害の算定
1、≪証拠省略≫によれば次の損害を認定することができる。
(一)市立吹田市民病院の治療費 一、六五七円(≪証拠の表示省略、以下同≫)
(二)大阪大学附属病院の入院及び治療費 一二、九六五円
(三)阪急病院の治療費 七、六七三円
(四)マッサージ費 二、四〇〇円
(五)付添費用 八、五六〇円
(六)交通、通信費 三六、八八〇円
(七)入院雑費、薬代その他雑費 五三、七四四円
原告は前記事故により右合計金一二三、八七九円を支出したことが認定でき、≪証拠省略≫のうち右認定に反する部分は信用できない。
2、得べかりし利益の損失
≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故前、調理士としての資格を有し大阪市北区曽根崎新地二の一八クラブ・ロンドにバーテンとして勤め、原告主張の月平均六〇、六八〇円を下らぬ収入を得ていたのであるが、本件事故後、後遺症として右握力低下が著しく認められ、右手で庖丁が持てないため今後調理士としての仕事に就くことが不可能となり軽作業にしか従事し得ない状態となったため、昭和四〇年一一月一日より大阪市北区富田町二六番地渡辺商店に臨時雇として倉庫番又は倉庫の掃除などの仕事に就き、月平均一三、六〇〇円の収入を得ているにすぎないものと認めらる。従って右給料の差額四七、〇八〇円が原告の一ヶ月の得べかりし利益の損失であり、年額五六四、九六〇円となるが、原告は本件事故当時満二八才であったから、その余命の範囲内で六〇才まで就労し得たものと認めるのが相当であり就労可能年数を三二年としその間に得べかりし利益の本件事故当時の現価をホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して算定すれば(年毎単利年金現価率による)一〇、六二四、六八六円が原告の得べかりし利益の損失となる(円未満切捨)
564,960円×18,80608587=10,624,686円
3、慰藉料
原告は前記認定のごとき事故に会い、大阪大学附属病院などで入院治療をしたにもかかわらず前示の如き後遺症を残し右握力低下が著しくなり、調理士としての職業に就くことが不可能になった事実、その他諸般の事情を考慮すれば、本件事故による負傷のため原告の蒙った精神的損害に対しては慰藉料一、〇〇〇、〇〇〇円を相当とする。
原告は、訴外郭らの脅迫、暴行による慰藉料をも併せて請求するが、この点に関する原告本人の供述は弁論の全趣旨に照らすと必ずしも措信し難く、他に、被告らにおいて訴外郭らをして原告主張の如き脅迫、暴行を加えしめたものと断定すべき証拠はない。したがって、原告の右請求は理由がないものといわねばならない。
4、弁護士費用
≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四一年四月一一日本件訴訟を弁護士河本尚に委任しその費用および手数料として合計金三九、〇〇〇円同年八月二三日本案訴訟の請求債権保全のため仮差押及び仮処分手続費用として七八、五一一円を同弁護士に支払うべき債務を負担した事実が認められる。なお前記甲第一四、四五号証によると原告は右費用とは別に報酬として取高の二割以内の金員を同弁護士に支払うべき義務があると認められるが、委任者と受任者たる弁護士との間に締結される報酬契約は当事者間の個別的信頼関係に基くとこが少くないから相手方に賠償を求め得べきその範囲、数額は必ずしも報酬契約そのもののみによることなく、当該事件の訴額、事案の内容、性質にかんがみると共にできうる限りこれに一般的妥当性を与えるよう規節的客観的な基準に則って認定するのが相当である。
しかるところ、原告の本訴請求額、本件訴訟の審理の過程において明らかとなった事案の内容、性質および認容すべき前出(1)ないし(3)の損害額ならびに当裁判所に顕著な日本弁護士連合会および大阪弁護士会の各報酬規定(民事)等を参酌するに、原告が被告らに対し弁護士費用として賠償を求め得べきものは金八〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。
三、過失相殺
被告等は本件事故について原告の過失が原因であったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。尤も、原告は前示の如く道路左側を歩いていたものではあるが、前示事故の態様と被告源左衛門の過失に照らし必ずしも過失相殺に供すべき過失とは認め難く、他にこれを認めさせる証拠はない。
四、結論
なお原告が事故後自賠法による保険金一二一、五一三円および被告米蔵から昭和四〇年二月二九日金一〇、〇〇〇円、合計一三一、五一三円の内入弁済を受けている事実は当事者間に争いがないので、原告が本訴において請求し得べき損害額は前記二の(1)ないし(4)の損害額合計一二、六六六、〇七六円から右一三一、五一三円を差引いた残額一二、五三四、五六三円となり被告等はそれぞれ原告に対し右金一二、五三四、五六三円およびその内金一一、六五六、〇五二円に対しては被告米蔵は本訴状送達の翌日たる昭和四一年六月一四日、同じく同源左衛門は同月一三日から、内金七八、五一一円に対してはそれぞれ昭和四一年八月二四日から、内金八〇〇、〇〇〇円に対しては本判決言渡の日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合よる遅延損害金を附加して支払わねばならない。
よって原告の被告等に対する本訴請求は右の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言および同免脱について、同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 亀井左取 裁判官 上野茂 裁判官今枝孟は転任のため署名捺印できない。裁判長裁判官 亀井左取)